春動く

二十四節気では「啓蟄」の頃──、
桃の花が咲き、山吹が蕾を膨らませ始めます。

啓蟄とは、土の中で冬ごもりをしていた虫たちが、
春の気配に目覚めて動き出す時季のこと。
恵みの雨が大地を潤し、植物の息吹も強まります。

穏やかな陽光に包まれ、花々がほころぶとき。
さまざまな生き物たちが長い冬眠から目覚め、
春の胎動が感じられるようになります。

寒気と暖気が重なり合うことで、
「春雷(しゅんらい)」が起こりやすい時季でもある啓蟄。
立春を過ぎて初めて鳴る雷は、ひときわ大きな音を轟かせることから、
虫が驚いて穴から這い出る「虫出しの雷」とも呼ばれ、
春を告げる風物詩とされていました。
江戸の人びとは、この時季に稲妻柄の着物を着ることで、
虫たちを驚かせて早々に目覚めさせるという、
粋な春待ちの愉しみもあったそうです。

二十四節気をさらに五日ごとに区分する七十二候において、
啓蟄の次候は「桃始笑(ももはじめてさく)」。
古くは花が咲くことを「笑う」と言い、
冬の眠りから覚めて芽吹き始めた春の山は「山笑う」とも形容されます。
花の開花を知らせる「二十四番花信風(にじゅうしばんかしんふう)」は、
一月の小寒から四月の穀雨までの間に吹く二十四種類の風に、
その折々に咲く花の名をあてた花暦のこと。
まだ寒さの厳しい小寒の「梅」に始まり、立春は「辛夷(こぶし)」、
啓蟄は「桃」や「山吹」に「薔薇」、春分は「梨」や「木蓮」、
そして春の終わりの穀雨には「牡丹」など──、
花の香りを運ぶ風が吹くごとに春たけなわとなっていく、
季節の移ろいを慈しむ心が感じられる暦です。

“たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時”──、
歌人の橘曙覧(たちばなあけみ)が詠んだように、
春の歩みとともに、次々と咲く花々を愛でる季節。
移ろいゆく春の気配を感じながら、花盛りのときを心待ちに。